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トレーニングコーチ・現:千葉ゼルバトレーナー・24hフィットネスクラブのアシスタントマネージャーのブログ

フィットネスクラブでのトレーニングを通じて成長させるべきものは「身体」だけじゃない

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24時間営業のフィットネスクラブ

フィットネスクラブに入会する人のなかには、

自分の身体にコンプレックスがあって…

という方も少なくありません。

 

僕だって、

「筋トレ」ってものにのめり込んだきっかけは、

自分自身の身体の貧弱さからでした。

 

はじめに興味を持ったのが中学生の時だったんですが、

念願のバスケ部に入ってはみたものの、

体力もないし、身長も低いし、ひょろひょろ。

 

その僕がトレーニングと出会って、

残念ながらバスケではさっぱりだったけど

今は人様にそれなりに見せられる身体になって

そうして、気づいたことがあります。

 

 

トレーニングを通じて「身体」と「人格」をみがくべし

まだまだ30手前のガキが「人格」を語るには早いかもしれませんが、

これは僕自信、フィジカルトレーニングをした結果として

「本来得られるもの」はなんなのか?

何であるべきなのか?というのを考えた結果

たどりついた答えでもあります。

 

外見だけが変わるわけじゃありません。

外見が変わると、印象も変わります。

そうすりゃ、周囲からの視線やかけられる言葉にも変化が。

「身体を鍛えている」という事実もステータスとなり

自分の自信につながるんです。

 

ただ、自信をつけただけじゃ僕はまだダメだと思っています。

そこまでじゃ中途半端。

 

本当に自分に自信を持つことは、

最終的にいかに「人格者」になり得るかまで考えられてこそ。

思いやりがあって、誰にでも優しく接することができる、

その場、その時々に適切な言動ができる、

これが「人格者」じゃないですか?

 

「身体が変わると、自信がつく」

 多かれ少なかれ、

「今よりも良い状態になりたい」

「今の自分をできるだけ長い間キープしたい」

そういう気持ちをもってフィットネスクラブに来ていると思います。

 

こういった目標や目的意識をもって身体作りに取り組むことは

とっても素晴らしいことだと思います。

僕も、こういった方は少しでも応援して、力にもなりたいと思っています。

 

身体を鍛えていると、

自分では何気なくやっていることが

ほかの方からしたら

「とんでもなく疲れる肉体労働」だったりすることが良くあります。

にもかかわらず何気なくこなせる自分、

なんか自信になりますよねw

 

あとは、見た目にも若々しく見えたり。

めでたく29歳になった僕ですが、

ほんの2〜3年前までは、場所によっては年齢確認されてましてww

やっぱり、周りの人間はやや太り始める奴もいるんですが、

僕は体脂肪率は今でも10%を超えるってことはなかなかありません。

そういう「体型の違い」っていうのも、やっぱり自信につながります。

 

こうやって、あなたにもトレーニングを通して

自信をつけて欲しい、という想いはとても強くあります。

ただ。。。ちょっと気になってることもあるんですよ。

 

「自信のある態度」と「横柄な態度」は違う

残念なことに、自信がつくと、それがゆがんだ形になって現れることがあります。

簡単に言うと、「態度がでかくなる」

高圧的な態度をとったり、暴力的な言動が多くなったり、

身体を鍛えて筋力なんかが「強く」なったことで

自分が偉くなったような気持ちになってしまう。

 

身体が強くなって自信を持てるようになることはいいことでも、

それをきっかけに、偉そうな態度をとったり、

人を見下すような態度、攻撃的な態度をとるようになるのは、

トレーニングの効果として喜ばしい効果ではありません。

 

ホンモノのトレーニング熟練者たちは、中身が違う

今まで僕はウエイトトレーニング場という場所で、

投てき競技選手や、ラグビーの選手、

パワーリフティングの選手、

現役ボディビルダーの方、

長年ウエイトトレーニングをしてきたトレーニング愛好家の人たち、

こういう方たちと時間を共にしてきましたが、

「一流」といわれる方々のなかで共通していることとして、

「謙虚」「誠実」「律儀」

こんなキーワードが頭に浮かびます。

 

身体だけじゃなく、中身が違う。

みなさん一人として違わず「優れた人格者」なんです。

 

自信がつくのはいい、ただ、「自信」を勘違いしないでほしい

ウエイトトレーニングを継続して行い、結果を出すことは、

結果的に、忍耐力や自律心、自制心を養うことにもつながります。

なにも見た目だけが変わるわけじゃないんです。

 

ちょっと最近の傾向を見ていると、

見た目の改善だけに気を取られて

「中身が伴ってないんじゃないか?」

と、どうしても思ってしまう節があります。

 

たとえば、自分の身体の写真や動画を撮ったりするのは、

時には周囲の人への配慮が必要となるし、

過度な身体の露出は、日本では時に不快に感じる人もいるということを

配慮する必要があります。

 

「自己表現だ」

「自分の自由だ」

「気にしすぎだ」

 

 

そりゃごもっともなんですけど、

こんな言葉で片付けてしまうのは

日本人としてどうなのか…

 

フィットネス人口が増えることは嬉しいことですが、

世界に誇れる「クールジャパン」の精神が

もし「トレーニングによって自分の見た目が変わっていく」ことで

薄れていってしまうとしたら…個人的には残念でしかありません。

 

僕たち日本人は、

気にしすぎなくらい周囲の眼を気にする民族です。

この性質が一長一短あるとはいえ、

僕はこれが日本人ならではの

「おもてなし」の精神のもととなっていると思っています。

 

だかからこそ、自信がつけばつくほど、

周囲への配慮や、「控えめにする」という気持ちを

持てるかどうかを問われるんじゃないかな、と思うわけです。

 

「謙虚」

「誠実」

「律儀」

どれもいい言葉だよなぁ。

 

この気持ちをなくすくらいなら

トレーニングで身体を鍛えることなんてしないほうがいいし、

鍛えれば鍛えるほど、こういうことができる人が増えてほしいもんです。